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活動報告


2006-7年度 高松南ロータリークラブ 第34回例会の記録
  平成19年3月7日(水)12:30〜 栗林公園

《プログラム》 客話「畢きょうの庭園『お庭の国宝』で触れる日本文化」
        香川県農政水産部政策主幹 那須幹博様


 ロータリークラブ客話
 今日は香川県にはこんなに素晴らしいものがたくさんあるのに、いかに情報発信されていないかについてお話したいと思います。私は県の職員として仕事をしながら、土日には栗林公園で観光ボランティアをしています。栗林公園にかかわりを持ったのは約9年前、ちょうど阪神淡路大震災の後、防災の仕事に携わっていた頃で、非常に忙しく、年間の通常の勤務時間を上回るほどの残業をこなしていた頃でした。春先に公園に来て芝生に寝っころがっていると時間がゆったりと流れるように感じられ、それからここが好きになりました。
  資料にありますように香川県には全国、世界に誇れるものがたくさんあります。人物、自然物、文化、農産物などについて個人的にまとめてみました。これを見て、知らないものがありましたら認識していただき、またこれ以外に知っていることがありましたら、教えていただいて情報発信したいと思いますので、よろしくお願いします。
  小学館が全30巻で全国庭シリーズを発刊する時に、その初校が私の手元に送られ、栗林公園の表紙に「くりばやしこうえん」と書かれていました。これは私たち地元のものが当たり前と思っていることが東京ではそうではないということの1例です。
  先日、四国経済連合会が発表したアンケート調査でも、栗林公園は認知度は高くありませんでしたが、満足度は上位にランクされ、体験された方はその良さが分かるということだと思います。
  観光ボランティアをする時に、よく教えられるのは外国の方と接した時です。彼らはまずインターネットで見つけてきて、金毘羅歌舞伎や栗林公園に直接やってきます。そして、栗林公園でも2〜3時間寝っころがるというような楽しみ方をしており、ボランティアとしてもちょっと辛い時もあります。しかし彼らが言うのは、日本文化は素晴らしい、日本文化についてもっと知りたい、自分たちにないものを求めている、ということなのです。
  日本は自然の四季の移ろいがあり、そこから感じたもの、与えられたものを長い年月をかけて積み重ねたものが日本文化、そして美に対する感覚ですので、欧米人のそれとはかなり違うと思います。彼らが思うのは完全なもの、左右対称で均整が取れたものを美といいますが、アジア、特に日本人は少し崩れたものもその範疇に入れるし、価値観があると認めるわけです。異文化を知るという事は、自分自身を知る事にも役に立ちます。欧米やアフリカから来る人たちは、日本は自動車の生産が多いとか、電気製品の製造技術が優れているという面も見ていますが、小さい島国で、長年培われてきた日本文化にあこがれ、それを知りたくて来ている訳です。逆に、日本には能や歌舞伎、お茶、それ以外にもたくさんの文化がありながら、小さい頃から家庭や学校でも教えられてもいませんが、自分がいかにそういうことが語れないかという事に気付きます。そういう目で見ると、栗林公園は情報発信する手段として非常に面白いものであるという事ができます。
  お手持ちのJournal of Japanese Gardeningは5年くらい前に創刊された、米国人による日本庭園の評価です。欧米では、お金持ちではないけれども少しでも違った生活を味わいたいという人達の間で日本庭園がブームとなっており、日本人以上にお茶やお庭に詳しい方がたくさんいます。そしてこの雑誌は毎年300以上の日本庭園をランク付けして発表しています。毎年1位は足立美術館で、2005年には栗林公園は20位でした。しかし、その雑誌を手にして取材に来ていた米人3人に説明する機会があり、3時間ほど、写真を見るだけとか噂でランク付けをしてはだめですよと熱心に話したら、2006年には5位に上がっていました。この方々もそうですが、外国の方はガイドをした後に、実際に見てよかったと必ずお礼のメールが来ますし、クリスマスカードも来ます。
ガイドは、本当はあれこれしゃべりたいのですが、自分の知識を見せびらかすようになりますので、しゃべらない事が重要です。まずお客さんに見てもらって表情を見ながら何か説明をもらいたいな、と思っていたらしゃべるのが本当のガイドだと思います。
香川県には世界の人が注目する場所がいくつかあります。その1つがイサムノグチ庭園美術館です。イサムノグチが香川に来るきっかけは、ユネスコの庭に日本庭園を作る時に、どこかに日本の良い石がないかということで庵治にきたことです。結果的には徳島の石を使いました。その前に、皆様ご存知のとおり、イサムノグチは広島平和公園に記念碑を造る時に丹下健三に誘われて模型を作ってコンペに出しました。しかし国籍がアメリカであったために落選となりました。しかしこの関係と、金子正則知事と同級生であった猪熊弦一郎とも親しかったところにも縁があったようです。イサムノグチには庵治石の作品はそれほど多くありませんが、庵治の石工さんの技量等によってこちらに美術館を作ったのだと思います。また作庭家の重森三玲に紹介されて京都の東福寺の庭をみてそのすごさ感激し、さらにその紹介で栗林公園を見てきなさい、という助言により栗林公園に来たといわれています。
また、直島はロンドンの雑誌に、21世紀に残したい世界の7つの地域の1つとして載りました。ドバイ、パリ、ナオシマ、・・・という表現であり、有名なところでは有名で、実際にイギリス、フランス、アメリカなどから観光客が来ています。安藤忠雄の地中美術館やコンテンポラリーアートも有名ですが、何が一番素晴らしいかといえば瀬戸内海が素晴らしいのであり、その中の直島が素晴らしいのだと思います。アインシュタインが船で日本に来たときにも瀬戸内海が良いという言葉を残しており、また、瀬戸内海は日本の国立公園の指定第1号でもあります。日本人は地中海でそうであるように、ホテルやマリーナを作らなければならないと思いますが、ほとんどの外国人は今のままでいいといいます。感覚や視線の差があると思います。
金毘羅歌舞伎も同じで、数は多くありませんが、外国からインターネットを見て直接申し込んでくる時代になりました。我々日本人の旅行形態も変化してきて、現地確認型の個人旅行やグループ旅行ではなくて、何かを体験したり、誰かと話をしたりという、体験旅行が増えています。
栗林公園の庭は時代とともに変化してきました。元々は外国から移ってきた道教や仏教の影響を受けています。障子を開けると池に3つの島が見えますが、これは道教の神仙蓬莱の思想に基づいています。道教の教えというのは不老不死の薬を飲んで仙人になって長生きするというのが目的です。つまり殿様が力を持ったら、できるだけその力を温存したい、子孫を繁栄させ、安定したいという心を庭に映すのです。そこから始まって、平安時代には浄土思想となり、室町時代には禅宗の影響が出てきます。枯山水も外国人にはとても不思議なのです。枯山水が一番強調したいものは水です。水は清めの象徴たるものです。そこで外国人からは、何で水を強調したいのにそこに水がないのかとよく聞かれます。言葉はいろいろありますが、これは引き算の文化であるといいます。強調したい物をあえて用いない事によって、目に見えないものをimaginationの世界で見せるという事です。これが一番強烈なのです。そして、江戸時代に回遊式大名庭園となり、借景もこの頃から生まれてきました。
栗林公園に来ていただくとよく分かるのですが、私が思うその魅力は、毎日あわただしく過ごしていると便利さが先に立つ様になります。そうなると中間の過程が省略されるという事になりますが、栗林公園ではそれがよく味わえるというところだと思います。人間国宝で染織家の志村ふくみさんが「30の色の名前がいえますか」と聞かれました。実際に30色を言う事はできましたが、「日々の生活で色を意識する事がありますか」と聞かれると、これはあまりないと思うのです。私たちが自然の中で生かされていて、その四季の移ろいの中で、生活する色を見直さなくていいのでしょうか。便利さだけを求めるのでいいのでしょうか。栗林公園では四季の移ろいが感じられます。そして元々茶庭ですから、派手な花はありませんが失われた日本人の感性を取り戻すことができる場所であると思います。料理家の辰巳芳子さんが言っていましたが、キーワードは「待つ」ということです。日本人は待ちません。旬を待つ、待つ楽しみで自然に感謝するという事がここ栗林公園ではできるのです。待つということはあわただしい現代人では非常に耐え難い事なのです。栗林公園に来ていただければ、のんびりとそれを体感することができるのです。
よく見渡せば、失いかけているとは言うものの、5節句とか24節というようなものが季節の中には残っています。今では皆様そうは感じませんが、当時は夏を越すという事は生死をかけるほどの事であり、七夕とかが大きな意味を持っていたのです。自然に逆らわず順応し、感謝していくという事で、このような節目があったのです。こういうところから日本人は自然に感謝して勉強しているというのが分かります。
お茶の世界でもそうであり、ここは官休庵発祥の地といわれていますが、一期一会という言葉が生まれたのは、戦国時代の明日をも知れぬ自分の命、という緊迫感の中で、これが最後という挨拶をすることです。こういうところで生まれたお茶ですから,今とは体系が全く違いますが、たまにはそういうことを知った上でお茶を楽しむとお茶の味も違うと思います。
枯山水で、ししおどしの魅力は何であるかといえば、音と音の間の静けさが強調されるという事です。これは外国人には分かりません。日本人は説明すれば分かります。外国人の方々も最近はよく勉強をされています。また、わび、さびのように、これも恋愛の中での足らずの文化なのですが、説明すればするほど本質から離れていくようなものもあります。世阿弥の本の中には、大成するための3つの大事なことが書いてあります。1つは才能、器量そしてセンス、それともう1つは好きであることと言っています。
栗林公園で他に素晴らしいものとしては新民芸館の中の円座の敷物が挙げられます。今は作られていませんが、お茶の世界ではとても有名です。またその横の家具館には21世紀を代表する家具デザイナーのジョージ・ナカシマの作品(テーブル、椅子)があります。彼の作品は中央公園の西南角の桜ショップにもあります。また、足立美術館庭園の中根金作の作品は古民芸館横の箱庭がそうです。
また、栗林公園がなぜ日本3名園から外れたかについて話します。栗林公園は明治8年に県立公園になりましたが、高松藩が賊軍であったため、当時は大変荒れていました。そしてその頃兼六園と後楽園には天皇が入りました。香川にも天皇は入って来ましたが、丸亀にしか入らなかったのです。やはり、この賊軍であった事が理由で3名園から外れたという事です。しかし、明治40年頃までには修復し、3名園を抜いていたという事がいえます。
殿様は子孫を残すというもが公務という事で、いたるところに陰陽石が置いてあります。
日本文化の考え方の1つとして「信行草」というのがあります。外を見てもらうと分かりますが、一番外側の柱は節がある丸太(草)で、それから角だけ削った柱(行)、そして真ん中に来るのが四面正目の柱(信)となっています。庭の石もそうで、荒くれだった石から草→行→信(自然物→人工物)という考えに基づいています。このように日本文化を少し勉強して公園を観察すると、また見方が変わってきます。
最後に農政水産部として、来年の大きな行事の報告をします。まず、来年オリーブが100周年を迎えます。これを契機に町づくりをしようと考えています。バージンオイルは女性に大変人気があります。次に、ハマチ養殖が80周年になり、野網和三郎さん生誕100周年にもなります。当時は養殖という考え方は全くなかったのですが、今この養殖がなければ日本も世界も大変困った事になっているわけで、養殖をうまくPRして行こうと考えています。そして、日本文化の象徴ともいえる柿も香川県に植栽されて100周年になります。柿は薬になったり、防水加工や家具の材料になったりもします。日本の原風景として柿が木守としてあって、お寺の鐘がなるということで、今後も応援よろしくお願いします。

会長挨拶

 本日は50周年記念事業のテーマとして採りあげた栗林公園での記念例会です。南クラブと栗林公園の関係につきましては、1月の卓話で越智さんにお話いただいたように、まず、高松南RCは高松RCからテリトリーとして栗林、仏生山地域を譲っていただいて発足した。クラブバナーのデザインに箱松の絵がクラブ創立後比較的早い時期から使われている。5周年、10周年・・・40周年記念誌の表紙にも同様に使われている。牟禮米一、野崎義也会長時代に公園北門付近にハナミズキを植え、三木武吉像の横にはクラブ名入りのハナミズキに関する看板がある。西島八兵衛顕彰碑を商工奨励館中庭に設置させてもらった。などが挙げられます。そして今日の栗林公園における50周年記念写真撮影とこの掬月亭での例会で、ますます記念事業としての盛り上がりに繋がっていくと思います。今日は香川県農政水産部政策主幹の那須幹博様に「畢きょうの庭園、『お庭の国宝』で触れる日本文化」というテーマでお話をいただきます。那須君は私と高校1年生の時のクラスメイトです。どうぞよろしくお願いします。

幹事報告


委員会報告


その他

3月7日(水)例会出席報告 正会員 74名 当日出席数 40名 出席率 59,4% 2月21日(水)出席率訂正 正会員 74名 メイクアップ 9名 当日出席数 53名 出席計 62名 出席率 89,9%

ビジター 75名

メイクアップ会員
香川、大橋
合 計  ¥ 793,000

 

 




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