今月は、相田みつをさんの師であった武井哲応さんのお話を紹介します。
「ぼくは秋田の田舎の生まれでね。家は百姓だった。ぼくは親父の顔を覚えていない。おふくろが畑や田圃の仕事に行く時は必ずついて行った。今から思うと、おふくろも親父に早く先立たれて大変だったろうなと思う。そのおふくろがね、畑に行く途中で、道端に咲いている野の花をほんの少したげ鎌で切ってね、背中のかごに入れるんだな。
「今日は仏様の命日だから・・・」といってね。すると子供のぼくは、おふくろが採った花よりもっと大きい花を発見するんだな。そしてその花を抜こうとしたんだ。それを見たおふくろがね、「揺すぶっておくだけだよ、抜かなくてもいいんだよ」と言ったんだ。「のんのさんにあげるんだから採って行くんだ」と僕がだだをこねるとおふくろが「のんのさんにあげたよ、といって花を揺すぶっておけば、あげたことになるんだからね、抜かなくてもいいんだよ」と。
小さな子供のぼくにね、花の命を大切に、なんて言ったって分かりはしないな。ただ自然にね、「のんのさんにあげたよ、といって花を揺すぶっておけぱいいんだよ」と具体的なやり方、具体的な事実だけを教えたんだな。
モノの命を大切に、なんてしゃっちょこぱった理屈を言ったわけじゃない。もっといっぱい花を採ろうとした子供のぼくにね、その時さりげなく言ったおふくろのことぱ、しぐさがね、年を取って考えると、いつのまにかぼくの命の根になっているんだな。すべてのものの〈いのち〉を大切にするというね、人生観と言うか、物を考える時の根底になっているんだな。
山の畑へ仕事に行く途中でね、さりげなく言ったそんな言葉がぼくの一生の命の根になった。理屈じゃないんだなあ」
−−『円融便り』より−− |